これは、東日本大震災直後に作った「SHERE」を中心としたダイアグラムで、これを作ったすぐ後にクールシェアのネーミングが決まった。ここで「家カフェ」と書かれている「小さな場」が、後ほどシェア奥沢として実現することになる。

クールシェアが始まり、メディア取材が多くなったが「ご近所でクールシェア」を紹介する事例が無い。目をつけたのが親戚が住んでいて、20年近く空き家状態だった隣家である。空き家といってもゴミ屋敷で、手のつけようがない。

たまたま卒業生が、展覧会に出展する作品の制作場所として貸してくれないかと言う。少し片付けたら空間が意外と天井が高く魅力的なことに気がついた。

次も多摩美の卒業生からの話であるが、慶應大学の教員有志が大学に近い民家を借りて「三田の家」として使用していたのが使えなくなるので、代わりの場所を探していると言う。そこでは、「共奏キッチン」という、参加者が皆で一緒にお料理を作って交流するという会で、私も参加したことがあった。話はすぐに決まり、共奏キッチンの参加者に手伝わせるからここを片付けさせて欲しいと言う。すぐに10人ほどの若者が集まり、片付けは一気に進んだ。畳の床は状態が良くなかったので、スギ板張りにすることにして、その作業も全員でやった。シェア奥沢という場の名称も決まった。

共奏キッチンを皮切りに、早速色々なテーマの集まりが始まった。音楽会や映画鑑賞会のほか、少人数の勉強会の場としても活用された。三田の家からそのまま引っ越してきた会もあったが、多くはシェア奥沢に初めてきた人がつくった様々なテーマの会が開催されるようになった。ある会に参加した人が、他にもこんな会があると紹介され、増殖していった様相である。

私がここで学んだのは、三田の家という「小さな場」がなくなったが、コミュニティは新たな「小さな場」に移り、増殖するということだ。
シェア奥沢の詳しい取り組み内容については、以下でPDFファイルをダウンロードしてご覧下さい。
地域の拠点作り(シェア奥沢)20180901