淡路の第一印象
淡路島は、なんといってもそのロケーションに魅せられた。海と山にひらけた眺望を望み、そこに佇んでいるだけで雑念を洗い流し、心からリラックスすることができる。風にまかせてすぐ近くにホバリングしている海鳥も同じ気分に違いない。ここから望む瀬戸内海への落日は特別に美しい。地元の方々と一緒にビーチクリーンアップをした。都会育ちの学生にとっても特別の体験だったようだ。淡路島北部は緩やかな傾斜地が殆どなので、散策をすると海の手前に広がる棚田が美しい。ご近所はほとんどが兼業農家で、お勤めのほかレストランや民宿の経営などもされている。日当たりがいいのでお米がとても美味しく、近くのレストランでは、米は自家栽培のものを使っている。
セカンドハウスとして時々滞在する身だが、ご近所の方とはすぐ知り合いになり、お米や果物を頂くというようなご近所付き合いが始まった。驚いたのは高齢者が皆様お元気なこと。ご近所に95歳の女性が2人いるが、背筋はまっすぐで痴呆とは無縁で、大都市の高齢者とは残念ながら大きな違いがある。自分で描いた油絵が飾ってあったり、私が抱いていた「田舎」とは違う豊かなライフスタイルが垣間見える。庭先には花があり、日々の手入れを怠らない様子から、街並みには品格が感じられる。
後継者不足の問題
彼らの最大の悩みは、就学や就職のために島から出ていった若者が戻ってこないという後継者不足である。これは、淡路だけの問題でなく日本全国の問題だ。私はこのような状況に解決策が見出せないかと考え、2年間のPBL授業を行なった。
この解決策はすぐにはみえないが、今何もしないでは大変まずいことになる。
農業後継者がいなくなり耕作放棄地が増えると、今でさえ世界最低のクラスの日本の食糧自給率がさらに落ち込む。
ある県で「半農半X」ということで移住を募集したところ、多くの人が帰ってしまったというデータがある。農業はなかなか軽い気持ちで始められるものではない。東京の大平農園では「援農」といって、自分の都合が合うときに畑を手伝う人を受け入れている。堀内ゼミの学生が、そこで援農をした時期があった。パソコンの作業ばかりで土に触れる機会が初めてという学生は、大変だと言いながらも、終わった頃には顔つきが明るくなり、素晴らしい体験だったという。定期的に来るフリーランスのデザイナーもいる。この大平農園で援農が成立するのは、ここには専任の農業従事者がいて、植え付けの管理や、援農者の割り付けなどを行なっているからである。田植えや稲刈りの時期だけ、新潟の畑に行く若者もいる。これが成功する「半農半X」のケースである。そこで提案したいのは、移住希望者の中で農業の管理の出来る人と援農者とのチームを作ることである。
安全で美味しい食
自然の恵み(一次産業)はなんといっても健康の源であるが、今それがおかしくなっている。良い野菜を栽培しても、スーパーで並んでいる他地区からのやすい野菜に目が入ってしまい、売れないという悩みを有機栽培農家から聞いた。一方でシェア奥沢では、一月2回ほど湘南の若い農家の方が、軽自動車で野菜販売に来るが、スーパーで見かけない野菜も多く、とても美味しいので好評である。ニューヨークやポートランドで見かけたファーマーズマーケットは、これと同じ方式で農家が自分の車で配達して、販売する。消費者と生産者の直接の交流も楽しく、お料理の仕方も教えてくれる。
淡路で、地産地消の野菜は、健康に良い食材といったアピールを地域ぐるみで展開するのはどうであろうか。まず、パイロット的なレストランでその野菜を使ったお料理を提供する。そのような食材が近くで手に入るという環境を求めて、大都会からの移住者が増えるかもしれない。
本命は都市圏からの移住者が増えることである。高密化が進む都会では十分な居住面積が取れないので、2人以上の子供を持てないという話も多い。淡路では空間は十分にあるので、充実した子育て環境も提供できる。
最初は観光で訪問し、安全で美味しい食が身近に手に入るという淡路の魅力を見つける。そしてアグリツーリズムといった、消費でなく生産を楽しむという新しいリゾート形式の展開もユニークかもしれない。新しい地域内農業流通システムに取り組む人材も必要であろう。地域の高等学校でそのような専門職を育てるという連携ができると良い。
中量生産という発想
地域活性化のためには工場を誘致するというのは古い発想で、商業者はすぐに営業成果が出る施設を作るが、これらは地域とは無関係のものも多い。淡路には、素晴らしい風景と素晴らしい食材という財産があるが、その可能性を活かすにはどうしたらよいであろうか。土地に根ざした資源を育てるのは地味で時間がかかるテーマであるが、結果的にそのものの価値を高め、そこの出身者が誇りに思えるような新しい価値である。借り物でない淡路のブランド力を育てたいものだ。
「Awabi Ware」という、淡路出身の方が東京で学び、地元に戻って開業した食器のブランドがある。その品質の高さから全国的に有名で、通販のほか伊弉諾神宮のお参りついでに求める客も多いようだ。ポイントはオリジナルなデザインと製法で、これを中量生産のモデルと呼びたい。大量生産は海外で安価に作られてしまう。芸術作品の器は、少量生産で値段が高い。「Awabi Ware」のような中量生産が個人デザイナーのビジネス規模に適している。そもそも、ブティックは中量生産がモデルのはずだが、それがブランド化し、資本が入り、大量生産となってしまった。本当に良いものに適正価格で出会える、そう入った展開を目指したいものである。
人が集まる理由
さて、都会に人が集まる主な理由は、そこには仕事の選択肢が多く、いろいろな楽しみが多いからだ。今の田舎生活にはこの2つが欠けている。長くお住まいの方は比較する対象がないから、これには気がつかない。豊かで健康な生活が営めているからである。この違いは、私は2拠点生活をして初めて分かった。
シェア奥沢をモデルにart commonsと言う概念をまとめたが、そのひとつが地域での展開だ。一カ所でも、かなりの広がりがあることがシェア奥沢でわかったが、地域中に何カ所もできれば理想である。個人宅の他、カフェ、レストラン、ギャラリー、マルシェ(青果店)なども可能性がある。
いささか定義を広げすぎかも知れないが、次に考えたいのが生産拠点の連携である。中世のギルドに発想が近いが、今でもミラノでは、カバンを作ろうとすると、革、布地、金具などをデザインに合わせて調達できる。
私が関心があるのがアーティストの移住である。空き家、空き工場などをアトリエやギャラリーに展開すると、まさにartが感じられる地域になるであろう。